PR

46歳から始めた夫婦ゴルフ|宮古島がきっかけで宿泊ゴルフに魅了された20年

宿泊ゴルフ
記事内に広告が含まれています。

ゴルフを始めて20年になります。

現在のベストスコアは85。ハーフベストが39。平均すると90台前半でラウンドできるようになりました。

66歳になった今の目標は、エージシュートです。

今でも自宅近くのショートコースへ通い、ショートゲームとパッティングを中心に練習を続けています。

しかし、46歳になるまで、私はゴルフにほとんど興味がありませんでした。

仕事の付き合いでプレーする機会もなく、「自分がゴルフを趣味にすることはないだろう」と思っていたくらいです。

そんな私がゴルフを始めることになったきっかけは、意外にも一度の旅行でした。

宮古島で出会った一つの景色

ゴルフとの最初の”感覚的な出会い”となった宮古島のリゾートコース

2005年の年末年始、妻と宮古島を訪れました。

宿泊したのは、宮古島を代表するリゾートホテルの一つ、シギラベイサイドスイートアラマンダ(現・シギラベイサイドスイート アラマンダ)です。

ホテルのキャッチフレーズは「南西楽園」。

でも私たち夫婦は、

「これは『南西お気楽園』ってことじゃない?」

などと冗談を言いながら、のんびりとした時間を楽しんでいました。

当時から私たちの旅行は、観光地を次々と巡るより、その土地でゆっくり過ごすことを楽しむスタイルでした。

朝は少しゆっくり起きて海を眺める。

レンタカーで島を巡り、美しい景色に出会えば車を止める。

地元のスーパーをのぞいては、その土地ならではの食べ物やお酒、お土産を探す。

そんな気ままな旅が、私たち夫婦のお決まりの過ごし方でした。

レンタカーで巡った宮古島の海の風景

もちろん宮古島の海や景色も素晴らしく、今でも忘れられない思い出がたくさんあります。

それでも、この旅行で最も心に残ったのは観光地ではありませんでした。

ホテルに隣接するゴルフ場だったのです。

ゴルフを始めるきっかけになった景色

ゴルフとの最初の”感覚的な出会い”となった宮古島のリゾートコース

チェックインのとき、多くの宿泊客がゴルフバッグを抱えてロビーに入ってきました。

「ここでゴルフをする人が、こんなにいるんだ。」

そんなことを思いながら部屋へ入ると、窓の外には思わず息をのむ景色が広がっていました。

青い海。

どこまでも続く空。

その間に広がる鮮やかな緑のフェアウェイ。

海の青と芝生の緑のコントラストは、本当に美しく、

「こんな場所でゴルフができたら気持ちがいいだろうな。」

そんなことを、ごく自然に思いました。

そのときは、まさかこの何気ない一言が、私たち夫婦の人生を大きく変えることになるとは想像もしていませんでした。

「旅行をもっと楽しみたい」

旅行を終えて横浜へ戻ってからも、不思議なくらい頭に残っていたのは、宮古島のゴルフ場の景色でした。

「あそこでプレーしたら気持ちいいだろうね。」

「私たちも、いつかあんな旅ができたらいいね。」

そんな話を夫婦でするようになり、

「ゴルフを始めてみようか。」

という言葉が、ごく自然に出てきました。

仕事のためではありません。

スコアを競いたいからでもありません。

旅行をもっと楽しみたい。

その思いが、私たちをゴルフへ導いてくれたのです。

当時、私は46歳になろうとしていました。

新しいことを始めるには決して若い年齢ではありません。

だからこそ、

「自己流ではなく、最初からきちんと基礎を学ぼう。」

そう考え、夫婦そろって近所のゴルフスクールへ通うことを決めました。

振り返れば、この判断がその後の20年間のゴルフ人生の土台になったのだと思います。

ゴルフが旅をもっと楽しくしてくれた

2006年8月、ゴルフスクールでの練習風景‐右隣の人のスイングのほうがいい感じ

スクールへ通い始めてから、私たちは少しずつゴルフの楽しさを知っていきました。

最初の3か月は、ひたすら7番アイアンだけ。

コースデビューでは、7番アイアン、アプローチウェッジ、サンドウェッジ、パターの4本だけを持ってラウンドし、スコアは142でした。

それでも、不思議なくらい楽しかったのです。

やがて私たちは、ゴルフと旅を組み合わせた「宿泊ゴルフ」という楽しみ方に魅了され、日本各地へ出かけるようになりました。

温泉に入り、その土地の料理を味わい、翌朝は澄んだ空気の中でティーショットを打つ。

そんな時間を積み重ねるうちに、自分たちなりの宿泊ゴルフのスタイルができあがっていきました。

そして数多くのゴルフ場を訪れた末に出会ったのが、現在の那須陽光ゴルフクラブです。

私たちはこの場所をホームコースと決め、年次会員として毎年のように宿泊ゴルフを楽しむようになりました。

振り返ってみると、この20年間は、スコアを競うためだけの時間ではありませんでした。

ゴルフを通して旅を楽しみ、多くの人と出会い、夫婦で同じ時間を積み重ねてきた20年だったように思います。

もし、あのとき宮古島であの景色に出会っていなかったら。

ゴルフを始めることもなかったかもしれません。

那須陽光ゴルフクラブとの出会いも、宿泊ゴルフという旅の楽しみ方も、きっと生まれていなかったでしょう。

人生は、ときに一つの景色との出会いから大きく動き始めることがあります。

私にとって宮古島は、今でもゴルフ人生の原点であり、特別な場所です。

次章では、46歳で夫婦そろって通い始めたゴルフスクールで出会った先生と、その教えが20年経った今も私のゴルフの土台になっている理由についてお話しします。

次の記事について

このシリーズは3部構成です。

コメント

タイトルとURLをコピーしました